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映画『ゴールデンカムイ』久保茂昭監督が語る人気作品を実写化するうえでの苦悩と過酷な環境での撮影

2024.03.04 <PASH! PLUS>


PASH! PLUS

 シリーズ累計発行部数が2700万部超の大人気マンガ『ゴールデンカムイ』が山﨑賢人ら豪華キャストによって実写映画化され現在大ヒット公開中だ。物語は明治末期、日露戦争終結直後の北海道を舞台に、杉元佐一がアイヌの少女アシㇼパと出会い、アイヌから奪われた莫大な埋蔵金を探す旅を描く。北海道の壮大な自然、野生動物との格闘、グルメ、アイヌ文化など様々な要素も見どころのひとつだ。実写映画では作品の世界観を追求し、北海道はもとより、全国縦断の大規模ロケを敢行。ヒグマとのバトル、狩猟、銃撃戦など迫力満点。命がけのサバイバル・バトルが展開され、原作ファンも改めて楽しめる内容となっている。PASH!では久保茂昭監督に人気作品を実写化するうえでの苦悩や、過酷な環境での撮影など、原作への愛と苦労をたっぷりと伺った。(本記事はPASH!2月号に掲載されたものです)

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久保茂昭監督インタビュー

アイヌ文化のリアルな描写は
絶対に外せないポイントだった

──久保監督はもともと原作コミックの大ファンだったそうですが、実写化に携わることが決まったときはどんな感想を持たれましたか?

 実写化にあたっては何社かで競合があったようで、そのなかで自分が監督に選ばれたと知ったときは15分ぐらい泣き続けながら喜びましたね…。でも、そのあとふと我に返って「……いや、ちょっと待てよ? 本当に実写化できるの!?」って真っ白になっちゃって(笑)。どれだけの規模でどうアプローチすれば実写映画として成立するのかというのが未知数でしたし、プレッシャーがすごかったです。

──具体的にはどのように制作を進められたのでしょうか?
 
 プロデューサー陣によるキャスティングはすでに進められていたので、決まったキャストをどうフィルムに落とし込むのかというところが僕の役目となりました。まずは明治時代の北海道とアイヌ文化を描かなければならないということで、原作の野田サトル先生のアプローチの仕方に着目したんです。たとえば、野田先生が熊牧場を訪ねたとブログなどで書かれていたら自分も熊牧場に足を運んでみたり、網走監獄に行っていたら自分も網走監獄を訪れてみたり、もちろんファンの間で有名な北海道開拓村にも足を伸ばしたり……。そうやって先生が題材にしているものをリアルで感じ、得た要素をくっつけていくところから始めました。

──野田先生の足跡を辿ることでイメージを膨らませたのでしょうか?
 
 そうですね。そこで実写化のビジョンが見られたかなという感じです。そのあと自分でもアイヌ文化を勉強しましたし、原作コミックでアイヌ語監修を担当した中川裕先生(千葉大学名誉教授)が座組に加わってからは分からないことを逐一質問させてもらっていました。中川先生は実際に現場にも来てアイヌ語の講習やセリフのチェックなどを担当してもらうのはもちろん、アイヌの地政学の観点からコタン(アイヌ民族の集落)の再現度を確認してもらさらにこれらの監修には、アシㇼパの大叔父役の秋辺デボさんにもいっしょに参加してもらっています。物語を通してアイヌ文化について知ることができるのも『ゴールデンカムイ』の魅力ですので、ここは絶対に外してはいけない部分のひとつだなと考えていました。

──それだけ力が入っていると。

 まずアシㇼパやフチの衣装はひとつひとつをアイヌ工芸家の方に手作業で刺繍を施してもらって、それぞれ完成までに数カ月ぐらいかかっています。コタンについてもアイヌの方に作り方を教わり、一年前から萱を買って夏場に準備を進め、雪が降るまで放置。小道具も中川先生やデボさんにひとつずつ配置から確認してもらっています。アイヌ文化では小道具や窓の一つひとつの配置にも意味があるらしいので、そこも手を抜けません。

──こだわりを感じます! 歴史や文化を学べるのは本作の大きな魅力になりそうですが、史実をベースにした二〇三高地の戦いも見ごたえがあるひと幕になっていました。
 
 ファーストカット、ファーストシーンへのこだわりが映画のすべてを決めるというか、いい映画は冒頭のシーンから引き込まれるものだと僕は思っているので冒頭の二〇三高地の戦いにはこだわりました。こちらのシーンは軍事監修のスタッフさんのアドバイスのもと、山を削って200メートルぐらいのリアルな坂を作ったうえで250人近いエキストラを動員して10日ほどかけてじっくり撮影。杉元の心の葛藤がにじみ出る大事なシーンでもあるので、そこに説得力がなければ物語の推進力がなくなってしまうんですよ。

──死屍累々の光景はなかなかショッキングでした……。

 実際に機関銃が掃射されるなか、坂道を前に進んでいくしかないという凄惨な作戦だったそうなので、〝生きては帰れない絶望〟をちゃんと描きたいなと。一方で〝不死身の杉元〟が誕生していくプロセスにもなっているので、杉元佐一役の山﨑賢人くんの体幹を活かしつつ、倒しても倒しても敵が襲ってくるなかをひたすら突き進んでいくという姿をしっかり撮影させてもらいました。

肉体改造から時代考証まで
キャスト陣からも伝わる愛情

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──各登場人物の実写への落とし込み方については、ほかにどのような工夫をされたのでしょうか?

 原作からブレないような人物像を描きたかったので、まずはそれぞれの活躍シーンを抜粋した〝杉元ノート〟みたいなものを作らせてもらったんです。ほかにもアシㇼパノートや鶴見ノート、白石ノート、土方ノートなどを作り、それを各キャストに渡して本人たちにブレないような役作りを考えてもらって。杉元に関しては杉元本人の持っている優しさと、賢人くんが持っている優しいイメージとが純粋に結びついていると感じたのでそこは問題ないなと思ったんですが、そこに二〇三高地の戦いで身についた狂気を加えるために二〇三高地の戦いから撮影を始めました。本人にも肉体訓練と軍事訓練をしてもらったうえで、いっぱい人を殺し、いっぱい刺されてもらい、その流れで物語を綴っていけるようにしようと。そうすることで「このセリフはあのときロシア兵を殺した重みで~」みたいなディレクションも出しやすく、円滑なコミュニケーションを取ることができました。

──撮影でより山﨑さんの役者としての魅力を感じた部分も?

 そうですね! まるで演技をしていないかのような自然な言い回しをしてくれる人だなと改めて感じました。一方でワントーン低い声を出してくれたりもしていましたし、動ける役者だからこそ細やかな動きでいろいろなことにトライしてくれて。いっしょに杉元を形作っていくことができました。

──アシㇼパ役の山田杏奈さんに関しての印象はいかがでしたか?
 
 もともと何かを背負っているような奥深い瞳をした女優さんだなと……。本人にも「あなたには若い頃の宮崎あおいちゃんみたいな魅力があるんだよ」と伝えました(笑)。それはつまり、アシㇼパの悲惨な過去やアイヌの文化を背負える力を持っているということでもあるので自信を持ってほしいということも言いましたね。あとは一度北海道に足を運んでアイヌにまつわる土地や施設を見てきてほしいというオーダーはさせてもらいました。そして、アクションをたくさん練習してほしいと。

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──山育ちのアシㇼパだからこそ、アクションもキモになりそうです
 
 弓の射り方も大事なんですけど、たとえば不意にヒグマが襲ってきた場面では普段から意識をして作り上げていなければまず緊張感は出ません。なのであらかじめしっかり意識してもらっていました。セリフの言い回しについては本人が考えてくれていたといいますか。原作コミックやアニメのアシㇼパをリスペクトしつつも、より歳を重ねた感じが出ていたので、僕の中にはスッと入ってきましたね。

──白石は実写でもコメディリリーフとして大活躍でした。
 
 白石役の矢本悠馬くんは原作のなかでも特に白石の大ファンで、誰よりも彼のことを考えてくれていました。白石だったら当時の小樽でこういう過ごし方をしていただろうし、セリフの言い回しもその影響を受けてこうなっているだろう~みたいな細かい部分までしっかり考慮してくれて。たとえば、牛山に追われているシーンでは芝居がかった言い回しをし始めて、思わず「なんでそんな言い回しをしてるの?」って聞いちゃったんですよ。そうしたら、「白石は当時の小樽の劇場にも足を運んでいただろうし、そこで観劇をしてマネしてみたけれども下手くそな言い回しになってしまったんじゃないかと思うんです」と説明をされてさすがだなと(笑)。引き出しをすごくたくさん持っているからこそ、ムードメーカーとしてストーリーのテンポも上げてくれますし、現場を引っ張ってくれたと思います。ちなみに矢本くんは撮影が始まる前はぽっちゃり体型だったんですが、今回脱ぐシーンがあるということできっちり柔軟性のあるちょうどいい肉体に仕上げてくれて。実は筋肉質なんですよ!

──鉄格子をすり抜けるヌルヌルの白石ボディも魅力的で(笑)。
 
 白石が出てきたからといってなんでもやっていいわけではないので、どこまでギリギリのリアリティを出すかというせめぎ合いは正直ありましたが、矢本くんがいい感じのバランスを見せてくれて。鉄格子を抜けるときにCGを使ってコミカルに見せる演出は、松橋真三プロデューサーのこだわりで実現しました(笑)。

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──『ゴールデンカムイ』の物語を動かすうえで欠かせないのが鶴見中尉です。鶴見役の玉木 宏さんの印象はいかがでしたか

 鶴見中尉はとてつもないカリスマ性というか、そこにいるだけでみんなが愛しちゃうじゃないですか。オーラだけではなく、頭を負傷する前は純粋な美貌でも人を惹きつけていたと思うので、そんな彼に必要なすべての要素を持っていたのが玉木さんだったんじゃないかなと。特殊メイクを施して額当てをしていても概念的な美しさは変わりませんでした。物語が進むにつれてお芝居がどんどん狂気じみていくというところも、玉木さん自身がしっかり道筋を立てて演じてくださったように感じます。「もうちょっと話すときに顔を近づけてくれ」とか「ここでちょっとサワサワしてほしい」とかそういった細かいディレクションは出しましたが、お芝居のベースに関してこちらから調整をお願いするようなことはありませんでした。

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──鶴見中尉と並んで強烈な存在感を放っていたのが土方歳三。演じている舘ひろしさんの一挙手一投足に目が離せなくなるファンも多いかと思います。
 
 いや、もう……本当にカッコいいですよね!(笑)。新撰組の鬼の副長として歴史上実在された人物ですし、二枚目としても評判だったということで戦死しなければ舘さんみたいになっていたのかなと。劇中の時間軸の土方歳三と、現在の舘さんとが見事にマッチしたと思います。セリフ量は決して多くないんですけど、目つきだけで雄弁に語るといいますか。

──鶴見中尉と対峙するシーンの迫力は見せ場ですよね。
 
 実際にはただ向かい合っているだけなんですけど、そういう迫力じゃない(笑)。玉木さんにも「土方歳三という存在を目の前にして、やっと出会えたという興奮感を出してほしい」とオーダーを出させてもらって、何度かテイクを重ねてあの感じになりました。

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冒頭から引き込まれるような
〝熊の映画〟にもしたかった

──『ゴールデンカムイ』では野生動物も数多く登場します。こちらへのこだわりを教えてください。
 
 まずはやはりヒグマですね。物語の冒頭からクライマックスまで幾度となくヒグマが登場する作品ですし、〝熊の映画〟にもしたかったんです。そのためにはできるだけリアルで迫力を出さなければいけなかったので、VFXチームには「ヒグマがちょっとでもショボかったら冒頭でこの映画は終わっちゃうよね」とプレッシャーをかけつつ(笑)。「でも、ここで本当に恐ろしいヒグマが描けたら物語の推進力となって観客も没入できるからがんばって!」と檄を飛ばしていました。

──重量感などにもこだわりを?
 
 そうですね。同時に顔を抉るような残酷な演出も入れてギリギリを攻めています。CGでは一番時間をかけた部分だと思いますし、夜に杉元やアシㇼパと対峙する場面もとにかくこだわって、リアルにCGが乗るようなアングルを研究しながら撮影させてもらいました。どこから襲ってくるかわからないような演出も現場で思いついたアイディアで、お客さんにもいっしょにドキドキしてもらえるようにスタッフさんと試行錯誤を重ねました。

──恐ろしいヒグマとは対照的に、エゾオオカミ・レタラ(ラは小文字)の神々しさにも注目が集まりそうです。

 こちらもVFXチームが本当にがんばってくれたと思います。美しい毛並みはもちろん、生身の重量感や表情の細部にもこだわっていて、アシㇼパの相棒を務めているときなんかは自然と感情移入してもらえるように工夫しました。あとは動物だとリスなども登場しますね。

──リスといえばチタタプ……調理や食事のシーンはファンの需要も高かったかと思います。このあたりは意識されたのでしょうか?
 
 やっぱり『ゴールデンカムイ』を語るうえでアイヌ料理は外せませんよね(笑)。そのあたりも原作をちゃんとリスペクトして、アイヌ料理に詳しい専門家にロケに帯同、コーディネートしてもらって一つひとつ作ってもらいつつ、食べ方ひとつとっても当時のリアリティをなるべく再現しようと!

──原作愛ですね(笑)。

 はい(笑)。緊張感のある展開が続くなか、息抜きのようにフッと入ってくるからこそ緩急もつきますし、杉元とアシㇼパの関係性から壁が取り払われていく様子を描いているという意味でも食事のシーンは大事だと思っています。互いにお茶目なところを持っていたんだということも知るきっかけになっていますし…。今回の実写化が原作のすべてを描けているというわけではありませんが、〝始まりの物語〟としては表現できたのではないかと思っています。非常にトライの多い作品ではありましたが、実はほとんどのシーンが実際の雪の中で撮影しているというのも日本映画では非常に珍しいと思います。

──かなり寒かったのでは?
 
 いやもう、寒いどころじゃないですよ……。普通に手袋していないと凍傷になってしまうぐらいの環境でキャスト陣はお芝居をしています。危なくないように現場で最大限の配慮はしていますが、矢本くんも川に入るシーンで「過去一番大変な撮影だった」と話していました(笑)。ぜひみなさんも大自然を大画面で堪能しながら杉元たちといっしょに冒険してみてください。アイヌ文化や戦争、明治時代の北海道など、多くの人がそれまで知っているようで知らなかった日本をきっと感じていただけると思います。

Text=原 常樹

実写映画『ゴールデンカムイ』作品概要
【公開】
2024年1月19日(金)より全国公開中
【スタッフ】
原作:野田サトル『ゴールデンカムイ』(集英社ヤングジャンプ コミックス刊)
監督:久保茂昭
脚本:黒岩勉
音楽:やまだ豊
アイヌ語・文化監修:中川裕、秋辺デボ
製作幹事:WOWOW・集英社
制作プロダクション:CREDEUS
配給:東宝
【出演者】
山﨑賢人
山田杏奈 眞栄田郷敦 工藤阿須加 栁俊太郎 泉澤祐希 / 矢本悠馬
大谷亮平 勝矢/高畑充希
木場勝己 大方斐紗子 秋辺デボ マキタスポーツ
玉木宏 ・ 舘ひろし

(C)2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会

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