interview

平成の名作アニメ『おジャ魔女どれみ』千葉千恵巳×秋谷智子×松岡由貴×宍戸留美×宮原永海×大谷育江ら“おジャ魔女キャスト”の座談会!

2019.04.30 <PASH! PLUS>

 2019年2月7日で放送開始から20周年を迎え、さまざまな20周年企画が発表されたアニメ『おジャ魔女どれみ』。本作は、1999年2月7日に第1期がスタートした平成の名作アニメのひとつです。

oja_001

 1999年2月7日に第1期がスタートし、2000年には第2期『おジャ魔女どれみ♯』、2001年には第3期『も~っと!おジャ魔女どれみ』、2002年には第4期『おジャ魔女どれみドッカ~ン!』が放送。さらに劇場版やOVA『おジャ魔女どれみナ・イ・ショ』、2011年~2015年には小説『おジャ魔女どれみ16』シリーズなど、さまざまな形態で展開されてきた本シリーズ。

 PASH!PLUSでは、20周年という記念すべき節目に合わせて、『おジャ魔女どれみ』を全3回にわたり大特集! 平成の終わりを前に、第1回“思い出コラム”、第2回“スタッフ座談会”、第3回“おジャ魔女キャスト座談会”の3つの記事をチェックしてください♪

 本記事では第3回キャスト座談会に出席したのは、春風どれみ役の千葉千恵巳さん、藤原はづき役の秋谷智子さん、妹尾あいこ役の松岡由貴さん、瀬川おんぷ役の宍戸留美さん、飛鳥ももこ役の宮原永海さん、そしてハナちゃん役の大谷育江さん! 今回も、プロデューサーの関 弘美さんが同席しています。スタジオの外のエピソードも含めて、貴重なお話ばかりです♪

 今なお愛され、視たことがない人には今からでも視てほしい名作『おジャ魔女どれみ』に注目です!

20周年記念にキャスト6名が奇跡の集合!

――『おジャ魔女どれみ』放映開始20周年を迎えました。その感慨からお聞かせください。

千葉あっと言う間でした。20年経ったな~、懐かしいな~的なものは一切ありません。メンバーのみんなともたまに会ったりしてますし、特別に20周年なんだというのはあんまり感じていませんでした。

秋谷20年経ったとは思えませんね。歳はとったな、と思いますけど(笑)、この作品には時間を感じないでいます。最近もライトノベルのCD収録(『おジャ魔女どれみ16』シリーズ限定版同梱ドラマCD)で会ったこともあって、すごく時間が経ってるなという感じは薄いんです。

松岡『どれみ』自体も4年続いた長い作品だったし、さらにライトノベルのドラマCDで再会したこともあり、ずっと私たちの中に『どれみ』が流れています。そして20年を迎えて私もそんなに長い時間、人ひとり大人になるほどの時間が流れたと思うとビックリです。

 当時見ていた子たちと大人になってから出会えるということに時の流れを感じて驚いたりうれしく思います。今もなお楽しんでくださるみなさんにありがとう、です。

宍戸常にどこに行っても“宍戸留美=『おジャ魔女どれみ』のおんぷ”って言われるので、20年間ともに歩んできた気がします。私もあっと言う間だったと思います。

宮原気付いたら20周年で。ただ、記念でまたみんなで集まれるというのがうれしいことだなって思いました。

大谷20年?うそでしょ?マジで?っていうのが、率直な感想です。今回の座談会のお話がきたとき、ずっと続いている作品なら珍しくないけど、ずいぶん前に終わった作品で座談会っていうお話があること自体が奇跡かなって思いました。

――ご自身のキャラクターを演じていたときのお気持ちをお聞かせください。

千葉いっぱいいっぱいで、演出さんからなにを言われてるかも全然わかっていなかったんですよね。業界の言葉がそもそもまだわかってなくて…。それに、東映アニメーションさんは音響監督さんを置かないで、各話の演出さんが伝えてくるんです。それがまた、ほかと違う職人っぽい言い方だったりするんですよ。

大谷人によって使う言葉が違うからね。東映さんの演出は各話で違うから、毎回違う国の人と接しているみたいになる(笑)。収録で使う映像にはセリフをいうタイミングでキャラごとにマークが出るんですけど、“マルセ”っていうところと“ボード”っていうところがあるのは知ってました。でも、それを“ボールド”って言われたときに、いったいなんだろうって…私の知らない言葉、ここでいっぱい聞きました(笑)。

千葉なんせいっぱいいっぱいで、精一杯やってましたね。

宮原私は、すごい自由にやらせていただいたなと思っています!

(一同爆笑)

宮原関プロデューサーの現場じゃなかったら、声優人生を始められなかったくらい(笑)。あと、育江さんが言ったとおり、同じ作品なんだけど、いろんなディレクターさんから指示をもらうことで勉強になりました。

 とにかくすごい特殊な現場で、声優以外にもモデル出身の方がいたり、お笑いの方(斉藤祐子)も宝塚の方(葛城七穂、詩乃優花)もいる現場だったので、すごくおもしろくて。

秋谷私も声優自体が初めての経験だったので、千葉ちゃんと同じようにいっぱいいっぱいでした。毎回毎回ドキドキして、画面で口がパクパクしてる間にセリフを言わなくちゃ…、ミスったらみんなに迷惑かけちゃう、どうしよう、みたいな感じでした。

 でも、はづきは自分とけっこう近い感じで、ちょっとゆっくりな入りやすいキャラクターだったので、すぐに感情移入できました。

千葉「マジョリカマジョリカ」っていうシーンはおもしろかったよね。 みんな壊れてる(笑)。

秋谷壊れキャラは最初はなかったのに、どんどん(笑)。

松岡私は20年前は大阪から通っていたので、朝の新幹線に乗るために朝4時半に起きていました。のぞみだと新幹線代も高いから、ひかりに乗って。一本遅れるとギリギリになっちゃうので、一番遠いのにスタジオ入りは一番乗りがけっこう多かったですね。3年目の『も~っと! おジャ魔女どれみ』のときに東京にきました。

 でも、それを度外視しても、ほんとに幸せなお仕事をさせてもらいました。それから浪花っ子であり、私はお父さん一人ではなくてお母さん一人の片親だったり、あいこ自身の出身地が私の住んでるところにとても近くだったりと、とてもシンクロ率が高いんですよね。なので、最初はあのヘアスタイル、たこさんヘアにした記憶があります。

 その前の『クレヨン王国』のときはシャカチック役に合わせて、長かった髪をバッサリ切ったんですよ。

千葉長い髪のイメージしかないけど。

松岡それはだ~いぶ経ってから。秋谷ちゃんは長かったんだよ。お嬢様みたいで。

千葉そうそう。ヒールも高かった(笑)。

松岡秋谷ちゃんはそうでなくても背が高いのに、高いヒールの靴を履いてくるんですよ。マイクがふつうは3本なんだけど、『どれみ』では4本あったんです。4本めが背の高い秋谷ちゃんマイク。

千葉そこが空いてると思って入ろうとすると、背伸びしないと届かない。

大谷背伸びしても私、届かない(笑)。

松岡育江さん、小さいから。それと、私たちほとんど転校生(キャラ)なんです。最初からいたのはどれみとはづきだけで。毎回転校生としてやってきて、必ずちょっと感じ悪いスタートなんですよ。

大谷ちょっとぶつかって…。

松岡言い方が気に入らないとかのケンカから、腹を割った話をして仲よくなる。だからこそより仲良くなれる。

宍戸そんな感じの現場に途中から入ったんです。ほんとに個性的な、キャラクターの濃い人がたくさんいて圧倒されました。

 おんぷちゃんは最初はライバルみたいな感じで入ってきたので、リアルでもみんなとちょっと席を離して、はじっこに座ってたんです。最近おいしかったものとかの女子トークをしているのを聞きながら。

(一同 えーっ)

宍戸もともと一人が好きだったんですよ。ほんとは入っていかないといけないんですけど、それがおんぷちゃんに反映したかな、と思ってます。大谷さんが入られたときには、ものすごいピリっとしましたよね。 (爆笑)

大谷え、威圧感があった?(笑)

宮原(笑)ないない。

宍戸ものすごくよかったです。みんな「ちゃんとしなきゃ!」っていうのがあったから。

大谷私は丸1年後からですよね。みんなが『おジャ魔女どれみ』をあっためて作り上げた次のシリーズから、まったくなにもできない赤ん坊として。人に世話してもらわなきゃダメな状態で加わるので、私もすごく楽しかったんです。

 みんながいろんな職業なので、私たちが声優としてマイク前で演技をするにあたりこうするだろう、という距離感とは違うアプローチでの表現が随所に見られて、生のドラマを見ているみたいで、すごく新鮮で、私もいっぱい勉強になりました。

 また、当時も、私自身子役は多かったんですが、赤ちゃんを単発でやることはあっても、レギュラーは経験したことがなかったんです。1年間を通して、その子がちょっとずつちょっとずつ、ずっと同じではなくちょっとずつ成長していくのを追っていく作業は、やってみたいことの一つだったので、ハナちゃんを演じさせていただけて嬉しかったです。

 そしてやはり、彼女たち、他のキャラクターの生の演技、そこがすごいいいなあと思って大好きな作品でした。

松岡育江さんがいらしたのが1年後だからこそ、ちゃんとしなきゃってできたと思うんですよね。1話2話3話のざわついた頃だったらどうだったでしょうか。

宮原育江さんがハナちゃんを演じるために、交通機関で赤ちゃんがいたら速攻で横に行って見てるっていうエピソードはさすがだなって思いました。

松岡育江さんのエピソードだと、今だけおしゃぶり欲しいって、マイク前でつぶやいていました。指を吸ってチュッチュッて音を出していたので。それで、私おしゃぶり買おうかなって考えたんですけど、売ってる場所がわからなかったんですよね(笑)。

千葉あと、ハナちゃんをしつけることになったときの、みんなの大人になりっぷりっていったらなかったですね。キュッとあがる。

松岡「ダメだよ、ハナちゃん」って言い出したときの成長というのは、自分ことで努力するときとはちょっと違うなにかがありますね。あそこはみんながお姉さんになる瞬間だったと思います。

――佐藤監督から「つらいことはなかったですか?」とのことですが。

千葉全部が大変でした(笑)。

大谷ぜんぜんそうは見えなかったよ。みんな堂々としてて。もうなんでもどんと来い、みたいに見えました。

宮原なんか言われたらすごいパニックですよ。

大谷全員が全員、タレントとしてどこかでなにかやってるからかな。ぜんぜんあたふたしてるように見えなかったよ。

宮原それはあったかも。できないのに堂々としてた(笑)。

千葉テストをしたあと、スタッフが審議している間、なにを議論してるんだろうって。あそこかな、うまく入れなかったあそこかな。すごい失敗をしたからこんなに時間がかかるのかな、みたいな。毎回そうなんです。ドキドキしちゃって。

宮原当時って、アフレコ前にレコーディング用の映像を持ち帰って練習できなかったじゃないですか。台本をもらってその場でセリフのチェックをして、そこからテスト、ラステス、本番だから、鍛えられたかもしれない。

 ただ、自分のできることを最大限にやったのなら、できないことでシュンとするのをやめようと考えていました。今考えたらもっとあるだろ、みたいなものはあります(笑)。

松岡たいへんだったのは、審議のぶん時間がかかっちゃう。声優の勉強を一切しなくてこれが初めてという方が参加することも多くて。だからこそ私たちは、不慣れでもやらせてもらえたんだと思いますけど。かたや本職の声優さんが、まどろっこしく感じてるのがヒシヒシと伝わってくるときはつらかったですね。

関:心が動かないままにセリフを言うよりも、心が動いたときにしかしゃべれない素直さが純粋に人に伝わる力になってるな、というのがあったから、それを大切にしてほしいと思ったんです。最後までそれはできていたので、ほかの番組に誇れるところだと思っています。

宮原よく待っててくれたんですよね。すみません。

大谷ただ審議が長かった(笑)。

千葉ちょっとした休憩タイムくらいの長さはあったね。

大谷ちょっとじゃないですよ。だって番組の半分、15分弱が終わった後、審議に入って下手したら45分くらい審議あったんじゃないかな。

関:たとえば佐藤監督と五十嵐監督が、これどっちがいいでしょうか、いやでもここは…とか話をしているところに録音の川崎(公敬)さんが入ってきて、それはだめですよ、とか言ったかなと思ってると、後ろから記録の沢井尚子さんが、そこは尺数(長さ)があってません、って入ってくる。後でスタジオを使う予定の音響監督さんに何度か謝った記憶があるのよね。

大谷なんで待たされてるのか説明がないままだったから、トイレにいってもいいのか、休憩していいのか分からなくて、最初の頃は緊張感引きずってて神経が疲れました(笑)。最初だけね。安心していいのかわからないんですよ。

宍戸あまりそこの記憶はないので見てるだけで楽しかった。いろんな人がいて。

――毎話毎話全力で収録に臨んだ本シリーズですが、全部で200話以上あります。お気に入りのエピソードはありますか?

千葉長い作品だし、初めてに近いメンバーもいて、一緒に育ってきて…一個一個がすごく大事なので、コレというのは難しいです。毎回毎回自分のありったけをぶつけて、普通にこの世界で生きてきちゃっているので、これがすばらしいというのはなくて。よく聞かれるんですけどね。

関:泣ける話、多かったものね。

千葉当時見て泣けるものと今見て泣けるものと違うんですよ。

松岡当時さらっと見ていて流していた部分が、後の話につながっていて、とか。

大谷今でもすごく心に刺さるようなテーマもありますね。

松岡30分のアニメのなかにすごく深いストーリー構成があるから。視聴者は『どれみ』で慣れちゃうと、ほかの作品がちょっと物足りないかもって感じるくらい、いっぱい詰め込まれるんじゃないですか。幸せでおなかいっぱい。

宮原よく考えられてるなって感じていました。

――クラスメイトの話も忘れられません。

千葉みんな憎めない。

松岡ちゃんといい部分見せるからね。

宮原私たちだけでなく、クラスメイト一人一人も主人公。ホントにいろんな人たちがいて、その人たちとどれみたちが一緒に成長していくのが『おジャ魔女どれみ』だと思うから、どれみたちの番組というよりは、みんなの番組。

千葉日常のクラスといっしょですもんね。同級生Aとかじゃなくて、ちゃんと一人一人名前があって、性格とかそれぞれがきちんと作られていました。

――4年間、成長していくキャラを演じる苦労はありましたか?

千葉苦労はありませんでした。時の流れで卒業するまで上がっていくじゃないですか。

――ももちゃんは日本語がだんだん上達して、1年で普通にしゃべれるようになってますね。

千葉一緒に育って日本語上手になりました(笑)。

宮原ぜんぜんそこの葛藤はなかったというか。育った環境が似ているから、感覚的な苦労はなかったです。でも、自由に演技をさせてくれたことなくしてはできませんでした。ほんとに漢字とか読めないし。私はそうだと思い込んで読んでるのを、周りがなんで笑うんだろうと思うくらい。でも、それを使ってくれたりして、リアリティはあったと思います。

大谷素だったんですね(笑)。

秋谷テスト、ラステスが本番前にあるんですが、私達だとそこで読めなかったら誰かに聞いたり調べたりするんです。でも永海ちゃんは本番ですごく面白い読み方をするんですよ。

松岡横で立っていると崩れ落ちそうになる(笑)。

秋谷テスト、ラステスで出さないで、本番で出してくるって(笑)。

松岡わりと難しい単語には対応していて、間違って読むことを想定できないんです。

千葉「床の間」(も~っと! おジャ魔女どれみ』第1話。初めてハナちゃんを前にしたももこが、かわいいから床の間に飾っておきたいというシーン)。「ゆかのあいだ」に飾っておきたいって。ハナちゃんをどこにどうやって飾っておくんだ(笑)。

松岡さすがに収録止まった(笑)。

関:あれ狙いだったらすごいおいしいよね(笑)。

宮原その腕はなかった(笑)。

秋谷永海ちゃんがそういう感じで違った読み方をするって慣れたくらいの頃、なんて読むのって聞かれたことがあったんだけど、なんだか教えたくなくて。

宮原学習して、ちゃんと聞こうと思って、みんなに聞き始めたら教えてくれないの。本番が面白くなくなるって。でも、辞書で調べることは『どれみ』の頃は考えたこともなかった。なんでだろ。

千葉漢字ドリルで勉強しようかなって言ってたことがある。でも「大丈夫、このままがいいよ」って。

宮原別作品の現場ですけど、セリフの中に「芥川龍之介の『蜜柑』」という言葉があって、母に聞いたら「ちゃがわりゅうのすけのみつかん」っていったんです。

 母はそんなこと言ってないって言うんですけど、当時の私は母から聞いたから大丈夫だと思って現場に行きまして、いざ収録となりマジメな顔をしてそのまま読んだら、初めてのディレクターさんだったんですが、マイクで「違う!!」って怒鳴られて。それで「ダメだ、もうだれも信じられない」って。

(一同爆笑)

宮原それ以来ちゃんと調べるようになりました。

秋谷テストで絵を見て、自分の感情が一緒に動いて、その時々のはづきに心からなっていました。自分の感情がそのままで、年齢があがってもです。

松岡あいちゃんの家庭では、お母さんに会えるか会えないかのもやもやが続いていて。よその赤ちゃんを抱いてるのを見て、もう新しい家庭ができていて自分の入る余地がないなんて誤解があったり。小学生にしてはけっこう重たいエピソードが多かったです。

 だけど全国でそういう思いをしている子ども、片親だったり再婚して新しい弟ができたりとかいろんな子がいるわけです。あいこの場合はとても幸せな形で小学生生活が終了できて、それは私としてもほっとしてます。

 ただ年齢が少しずつあがるにつれてのやりづらさみたいなものは、高校生になったときにすら感じなかったんですよね。ドラマCDの収録では、16歳になったらこうしゃべるだろう、みたいなのが考えずに出てきたし、ラノベを読んでいてもみんなの声が再現されてきました。字面しか追っていなくても、それが聞こえてくるのがすごくうれしかったです。

宍戸おんぷちゃんは平凡な学生じゃない職業をもっていたんですけど、実際の私も16歳から芸能界にいたので、そこは経験してきたことを期待されたのかなと考えました。自然に引き出すことで描けていたと思います。

大谷ハナちゃんは、手が届く範囲とか走れるとかの身体能力は6年生だけど、知能は2歳児っていう私のなかで新しいキャラクターとの出会いだったんです。

 さらに人間じゃないので、ありえないことがあってもそのほうがウェルカムだったりする、いろいろな挑戦ができる役です。みんなが常識でわかっていることをハナちゃんは知らないので「なんで~?」っていっちゃう、あのへんのギャップを持っていなきゃいけないんです。

 みんなと一緒に並んでても、この子なんか違うなっていうところにいないと不正解で、どこか異質にならないといけません。楽ではなかったですけど楽しかったです。特にみんなが翻弄される話が。しゃべっちゃいけないことがあっても「ハナちゃんね~」からの皆の「あ~っ!」っていうのが楽しい。しりぬぐいをみんながしてくれるけど、本人には危機感がない(笑)。

秋谷ハナちゃんがいきなりどーんと大きくなったことに対してはびっくりするけど、しゃべりだしたことにはあんまり反応しないんですよ。赤ちゃん語で言ってる大谷さんの言葉が通じてたからなんですよね、赤ちゃん語なのに。それがそのまんま普通の言葉になっただけなので、しゃべりだしたビックリさが全然なかったんです。

大谷ハナちゃん役は幸せでしたよ。みんなが愛をくれるの(笑)。

松岡注ぎましたよ。

大谷夜のMAHO堂でひとりで寝ているわけじゃないですか、ハナちゃん。そんな彼女のためだけに、忙しいなかおんぷちゃんがひとりでやってきて歌ってくれたりして。

千葉ハナちゃんが出てくる『おジャ魔女どれみ♯』が始まるときに、五十嵐さんが「千葉さん、いっしょにハナちゃんを育てましょう」って言ってきたんです。私、始まる前にそういうことを言われたことがなかったから、びっくりしちゃって。

 まだ私も20代だったので、いろんなことに対してドライだったし。そんな頃に、作品のなかで一緒に育てましょうっていう五十嵐さんの熱さといったら。

大谷熱かったね。そういえば。

松岡プロポーズみたい(笑)。

千葉そのときは少しびっくりしましたけど、五十嵐さんも純粋にハナちゃんを育てていくつもりだったんだなぁ、と今だからわかる。

今後続く“おジャ魔女カーニバル!!”にキャスト陣も期待

――『どれみ』という作品およびキャラクターはご自身にとってどのようなものですか?

千葉みんなで一緒に作っていくことを教わった作品でした。それまではそれぞれ一所懸命やってはいたんですけど、なんか「お仕事」な感じで。番組が終わった後も名前をずっと背負ってる状態で、どこに行っても「『どれみ』の」と言われて、どれみっぽい役がすごく増えました。ほんとにこの作品がなかったら、もしかしたらこのお仕事をやめていたかもというくらい大事な作品です。

秋谷声優というお仕事をあまり知らなかったんです。女優になりたいと思っていたので、声だけで表現しなきゃいけないし、役者として自分が演じるのとはちょっと違う感じがあって、いい経験でした。

 スタッフの皆さんもすごく温かかったです。CMとかではこんなに多くの人と接することや、ひとつの役を長くやることもありませんでしたから。最初の作品ですごくいい作品にめぐり合えたと思いますね。

松岡自分の人生のターニングポイントは、間違いなくこの作品のあいこって役をもらえたときです。もともと小さいときから声優を目指して勉強もしていたんです。でもあえて大学生になり、関西でタレントになっていましたが、そこから小さい頃からの夢を実現させてもらえるきっかけになった作品が、直前の『夢のクレヨン王国』ですね。

 たまたま偶然のラッキーで手に入れたきっかけから『おジャ魔女どれみ』のあいこ役をいただくことは、私のパワーが絶対必要だなと思いました。ですので、この作品をやらせてもらえたら人生が大きく変わるだろうなと感じていました。ほんとにそうなったので、人生にタイミングってあるんですね。いただけた役がこの作品で、この役でほんとによかった。

宍戸私にとって『おジャ魔女どれみ』は誇りであり、名刺代わりで、自分自身の自信につながっていると思います。たとえばフランスにライブをしにいったとき、パリのアニメファンが集まるお店に入り込んで「わたし『おジャ魔女どれみ』のおんぷちゃんなの」ってフランス語で言ってみると、すごく喜んでくれたおじさん店員さんと仲良くなったりしました。

 この作品を通じて、人間同士が知り合いになったりつながれるというのはすごく大きいなと思いました。やっぱりわかってもらえるというのは私の生きる自信になるし、すごいと思ってます。

宮原私はほんとにこの作品がなかったら、確実に声優はやっていないです。それだけ声で演じる楽しさみたいなものを勉強させてもらったし、たくさんの先輩たちにも出会えたし。番組がどうやって作られていくかとか、いい時期に勉強させてもらいました。私のなかではとても大きな作品です。

大谷ハナちゃんのオーディションのお話をいただいたとき、絶対この役をやりたいって思ったんです。ハナちゃんの喜怒哀楽の表情集があって。赤ちゃんの泣き顔、笑い顔にこれだけのバリエーションがある!それに、赤ちゃんとして成長していくというお話でしたし。

 その前からけっこう赤ちゃん観察してまして。あの泣いている子は絶対あのビスケットが欲しいんだなとか、あの本をもう一回読んでほしいんだろうなとか。正解かどうかは本当はわからないんですけど、自分のなかでそれを表現してみたいと思ったんです。なので、ハナちゃんとの出会いは、私にとって宝物の一つです。

 だけど、なんといっても、この作品ですごいのはキャスティングだと思います。だれも外れてないんですもの。素でできるキャラクターばかり。おんぷちゃんもそうだし、ももちゃんもあいちゃんもどれみちゃんも。はづきちゃんに至ってはアップアップになるところから素なんですよね。「今日どうしよどうしよ」って、そのいっぱいいっぱいな加減はそのままっていうくらい(笑)。

 いろんなところから、よくぞ引っ張ってきたなぁと、豪華な盛り合わせのひとつになれたことが自慢であり誇りです。

――最後に、20周年を迎えて支えてくれたファンに向けてメッセージをお願いします。

大谷見ていてくださった子どもが大人になって、今でも好きだよって言ってくださる力があり、まだ見たことがない人が今から見ても「あ、おもしろい」と言うような作品だと思います。そして、これからももしみなさんにお子さんができたとしたら一緒に見て楽しんで、また違う視点から楽しめるところがいっぱいあると思います。

 トゲトゲした世の中ですが、この作品のなかにいろんな生き抜くヒントもいっぱいあるんじゃないかな。すごくあったかい作品だと思うので、ぜひこれからもよろしくお願いします。

宮原いつも応援ありがとうございます。20年経ってるんですけど、これまでもたくさんのファンの方々と会える機会がありました。ほんとに心の底からこの作品を好きでいてくれるんだな、というのが伝わってきました。

 なにかあるかもしれないかなぁ~みたいな感じで、期待しながら待っててくれたらうれしいなと思います。これからもよろしくお願いします。

宍戸20周年ということで、みなさんとリアルにお会いできる機会がたくさんあると思っているので、ぜひ会いに来てください。楽しみにしています。

松岡私どれみ世代なんですって、その一言がうれしいし、どれみ世代でなかったけど見てましたって方々の言葉もうれしいし、そんな声を20年経っても聞けるのを幸せに感じています。いろんなところでみなさんに会えることを楽しみにしているので、私たちも会いに行くし、みなさんもぜひ私たちに会いに来てください。

秋谷20周年でこうやってみんなと集まると、なにかありそうですごく期待してしまいます。皆さんもなにかあるのかなと気にしていると思うので、これから楽しみに待っていてください。

千葉いろんなところで大好きって、放送が終わってからも時間が経ってからもいっぱい言っていただきました。当時見ていた人だけでなく、新しく見てくれた人もいてくれて、イベントに来てくれる人もほんとにありがたいです。

 皆さんの言葉に励まされて、こういう古くならない作品に携われたし、私たちも一所懸命やってよかったと思います。今年で初代が20周年で、来年は『おジャ魔女どれみ♯』が20周年…というように、20周年が毎年あって、ひと通り20周年が終わったところで今度は25周年(笑)。

 しばらく“カーニバル”なので、この“カーニバル”の間にまたなんかいろんなことが発生するかもしれません。みんなもわたしも、ワクワクしながら待ってます。また一緒に楽めることを期待して、5年くらいワクワクしていきたいと思います。呼ばれる限りはがんばります。ありがとうざいます。

――ありがとうございました!

DATA
■『おジャ魔女どれみ』
『おジャ魔女どれみ』20周年記念公式サイト:http://www.doremi-anniv.com/
『おジャ魔女どれみ』20周年記念公式Twitter:@Doremi_staff

©東映アニメーション